心臓伝説

1、古代エジプト;古代エジプトのミイラづくりでは、他の内臓や脳を取り出しても、心臓は残され、死者の国の神オシリスの前で裁きを受ける時も、天秤にかけられるのは心臓でありました。片方には真理の女神マアト(太陽神ラーの娘)の羽根が置かれた。 心臓は真理の羽根とつり合うほど軽くなければならず、「心臓が重い」ことは、良くない徴だった。

2、ギリシア時代;ヒポクラテスの後を受け、紀元前4世紀、ギリシアの哲学者アリストテレスは、心臓を熱と血液の源泉、生命の源泉であるとし、そこに霊魂が宿るとして、心臓に特権的な地位が与えました。

3、ローマ・キリスト教時代;原罪という思想が肉体を精神の下位におきましたが、キリスト教の信仰は身体から離れることは無く、信仰と固く結びついたのは、血液でした。 心臓よりも血が重視されるようになり、「罪の贖い」の象徴としてのキリストの聖なる血を尊びました。教会と信徒は血を流す傷だらけのキリストを繰り返し描き礼拝し、葡萄酒はキリストの血、パンはキリストの体とされて、聖人たちの流血の殉教場面もたくさん描かれました。 しかしながら、心臓に対する人間の特別な思いは、12世紀以降二つの方面からヨーロッパで甦りました。一つは、修道院の神秘体験のなかに表れた心臓で、ある修道士はキリストの脇腹から心臓に至る傷に、 キリストの慈愛を見、ある修道女はキリストの心臓と自分の心臓を交換する想いの中でキリストとの強烈な一体感を体験した事によります。心臓の交換は魂の交歓そのものであり、聖心(キリストの聖なる心臓)信仰の始まりとなりました。 もう一つは、トゥルバドゥール(南フランスの吟遊詩人)の愛の歌に表れた心臓で、それは、愛する者の心臓を食べるという逸話でした。このモチーフは、文学の世界に受け継がれ、心臓は中世末期から男女の愛を意味するものになりました。 この愛の心臓は、14世紀末から15世紀、パリで愛の象徴として赤いハート形の挿絵となって描かれまして、今日氾濫するハート形はルネサンスが始まろうとするフランスで、初めて描かれたわけです(実際心臓はハート型の赤い筋肉)。

4、トランプ・カードのハートの由来については、もともと、スペードは剣を表し、クラブは棍棒を、ダイヤは富を表し、それぞれ、騎士、農民、商人の象徴でありました。もう一つの身分は聖職者で、聖職者は当初、ミサに用いる聖杯で表されていて、 キリストの血である葡萄酒を入れる杯としてのこの聖杯が、15世紀後半から徐々にハートに変わっていったらしい。

5、解剖学の知見は、心臓への新たな見方を出しました。17世紀前半、イングランドのハーヴェイによって、心筋の収縮による血液の循環が証明されました。心臓はまだ人体の中心の座を占めていますが、脳科学が発達し、脳死が人の死とされるようになり、 心臓はもはや特権的な地位を失ったかに見えます。しかし、愛を表すハート形がいっそう私たちの生活の中に浸透しているのは、不思議なことです。


▲トピック一覧に戻る




ページトップへ戻る


Design by Megapx / Template by s-hoshino.com